「トマト」と聞いて,どんなイメージを持ちますか?
真っ赤に熟した,みずみずしいトマト.考えるだけでうまそうだ.
リコピンの健康効果を思い浮かべる人もいるかもしれない.
しかし,英語圏では,「tomatoは食べずにおくと腐って悪臭を放つ姿を連想する」のだそうで,あまりいいイメージではない.
本書では,こうした身近なもののイメージ関して,東西での違いを38項目に渡って紹介している.
単語の持つイメージとはなかなか難しいもので,(普通の)ネイティブスピーカーに聞いても,明確な答えが得られるものではない.確かに「水仙」ってどんなイメージですか,と聞かれて的確に答えられる自信はない.
なので,本書ではシェークスピアやワーズワース,夏目漱石や川端康成などの文学作品に根拠をおきながら,言語学者へのアンケート調査も加えて執筆したそうだ.
特におもしろかったのは,Latin/漢語と,moon/月だった.
Latin/漢語
Latin/漢語は,英語に対するラテン語と,日本語(やまと言葉)に対する漢語の関係を対応させて類似点を議論している.
英語はもともとゲルマン系(アングロサクソン系)の言語であるが,1066年のノルマン人のイングランド征服(Norman Conquest)によって,ラテン系のフランス語が英語に流入し
たという.
すると,同じ意味でもアングロサクソン系とラテン系と2つの方法で表現されるようになった.
He got through the work in such a short time. (アングロサクソン系)
He completed the work in such a short time. (ラテン系)
上記の例だと,アングロサクソン系のget throughは格闘しながら仕事をやりきったという生き生きした感じがあるのに対して,ラテン系のcompleteは洗練され高級な感じがあるがやや冷たい感じを伴うという.
コンピュータ界隈にいると,completeってよく見るし,普通に英語だと思っていた.英語圏の人からすると外来語で,形式張った感じだったのかと.このあたりの感覚はまったくなかった.
また,学問の専門用語には,造語が容易であり,かつ高級に響くラテン系が好まれる,とある.ということは普段論文で読んでいる文章にはラテン系の表現が多いのだろうか.
日本語でも,格調の高い文にするために漢語を使うというのは,よくあるアプローチで,そのあたりの類似も興味深かった.
moon/月
日本における月のイメージは良い.
「日本人が月の光を浴びながら時の経つのも忘れて逍遥し,気が付けば夜を徹して月見をしていたという風流心」を持っているという.
漱石は,I love you.に月が綺麗ですねと訳を当てた,とのことだが,そうした風流心を前提にすれば,わかる気がする.
男女が二人,縁側に座って,時を忘れて静かに月を見上げている.
そんな情景が思い浮かべば,二人の関係は言葉に出さずとももはや明らかだ.
ただ,正直,家族で月見団子を食べたぐらいの月見の思い出しかない私には最早説明されないとわからない文化になってしまっていた.
ちなみに,欧米では月は一ヶ月の間に何度も姿を変える不気味なもの,というイメージらしい.月をみて狼男になったり,lunatic が狂人だったり,と.
そのほかgift/presentとかwhaleとか.
あとは,小売会社はgiftと言いたがり,一般人は普通はgiftと言わず,presentというとか.giftは高価な贈り物でやや冷たい感じがするのに対して,presentは,手頃な値段の贈り物であたたかく,柔らかいかんじがすると,と.
また,欧米人にとっての贈り物に対する感情の根底にはトロイの木馬の故事がある,という話も興味深い.
I fear the Greeks, even though they bring gifts.
という諺があって,Greek giftsはトロイの木馬のように油断ならないものという感情があるとのことだ.その他,パンドラの匣も,そういった油断ならないgiftだと.
上記は,故事だったけど,その他にも聖書由来のイメージも多かった.例えばクジラとか.旧約聖書にて,クジラは,神に5日目に創られた,とあるそうだ.そういう背景がわかれば,欧米諸国が反捕鯨に熱心に取り組むのもわかる気がする.
1993年発行の古い本ではあるが,根が聖書だったり古典だったりするので流行り廃りするような項目は少なく,今でも学ぶべきことは多い.言語を学ぶのは歴史や文化を学ぶこと,とは言われるが,よくまとまった良書である.
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